先生の説明によると、母の乳がんは、ステージ2Aで、しかし活発な細胞のため、事態は一刻を争うとの事でした。
ステージ2は生存率が95%というデータが出ており、その中でもAとBに分かれて、より早期のAだったので、有り難いことにかなり早期の発見となったのですが、がん細胞にも色々な種類があり、母のがんは活発に進行するタイプのもので、放置しておくとどんどん成長、進行していくというものでした。

「もう一刻の猶予もないですから、すぐに治療を開始します。どうしますか、ではなく、始めます。セカンドオピニオンがほしければ、その辺は勝手にやっていただいて全く構いませんが、そういった手配は後でやってください」

先生の有無を言わさぬ口調と迫力で、私たち一家は「はあ」としか答えられませんでした。

そして治療法の説明を受けましたが、母のがんの場合は、まず抗がん剤でがん細胞の動きを封じ込めて、さらに攻撃してできる限り小さくして、その後に摘出手術を行うというものでした。
活発なタイプのがん細胞はどんどん体内に広がり転移していくため、身体全体に薬を張り巡らせて予防策を取るのが最善という事でした。

抗がん剤は半年かけて投薬していき、半年後に手術をおこなうというスケジュールが打ち出されました。

先生はご多忙な方だったので、説明は簡潔にスピーディーに行われ「何か質問は?」と聞かれても「えーと」などと言おうものなら「ま、また何か出てきたら前もって伝えといてください」とバッサリ切られてしまいました。

なんというクールキャラ!と若干驚いてしまいましたが、このくらいキビキビしていた方が患者には良いのかもしれないとも思いました。あまり感情的に寄り添われると、不安や辛さを引き出してしまうものかもな、このくらいポンポンポンと進めてくれた方が気が楽になったりするという事もあるかもな、と感じたのです。

しかし最後に先生に言われたひと言で私はゾッとしました。
「しっかしホントによく見つけてもらえたね。これは医者でも見逃すよ。あなた、ラッキーだった」

そう言って先生が指差した先には、母が再検査を言い渡された時の資料写真がありました。
素人目ではまったく異常を感じられないもので「ここにうっすかモヤみたいなものがある」と指摘されたところは、指で強く擦ったかな、程度の薄さでした。

先生から「医者でも見逃す」と言われ、更に母のがんが活発なものと聞かされていたので、このタイミングで見逃されていたら、もう発見時には手遅れになっていたかも知れないと思うと、背筋が凍るような思いがしました。

がんの患者会
母と家族のガンとの闘病記

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