子宮体がんの告知を受けたことで公務員の仕事を辞めて治療に専念するため「主婦」とし
て家庭を支えることにしたA子さん。A子さんは31歳のとき子宮体がんが見つかり、現在も
治療を続けながら1人のお子さんを育てるママです。

第1回目は「子宮体がん」が見つかってから治療を決意するまでの物語です。

■臨床工学技士の私とA子さんとの関わり
私は臨床工学技士の資格を持ち、日々病院内の医療機器の操作やメンテナンスを行ってい
ます。私がAさんと出会ったのは病院で、子宮体がんの疑いで組織診などの検査を受ける
ために診察待ちをしていたA子さんが私に体調不良を訴えたことがきっかけです。
その後、お話しする中で私の家族とつながりがあることが分かり、縁あって現在も医療従
事者として、友人としてサポートを続けています。

■がんが見つかるまでに体に変化はあったの?

当時、子どもを出産し、公務員として毎日バリバリ働いていたA子さんですが、不正出血
が続くようになりました。学生の頃から疲労が溜まるとホルモンバランスの乱れから不正
出血を起こすことがあったようです。
しかし、いつも2日程度で止まる不正出血もその時はだらだらと1カ月程度の不正出血が続
いたことで病気を疑い産婦人科を受診しました。

■細胞診と組織診後にがんの告知
A子さんは細胞診と組織診を受けることになりました。細胞診の結果が出るまでに1週間ほ
どかかり仕事も手につかなかったといいます。そして子宮体がんの疑いが強くなったため
、次は組織診をうけました。診断結果を聞く日、ご主人に付き添ってもらったA子さんを
見かけた私は「子宮体がん」の告知を受けたことをA子さんから聞きました。
その時、気丈に振る舞っていたA子さんの拳がきつく握られていたことを今でも思い出し
ます。A子さんのお子さんは当時4歳、きっといろいろな思いが巡っていたのでしょう。

■MRI・CTで治療方針を決めるまで 
子宮体がんの宣告を受けた後、バタバタと事が進みCTとMRIで治療方針を決定することに
なったA子さん。診断の結果、「1aG2の子宮体がん※1」であることが分かりました。主
治医と相談の上、A子さんは腹腔鏡での手術療法を選択することになりました。
※1:1aは進行度、G2は悪性度をあらわします。

■子宮体がんの告知から治療方針を決めるまで
子宮体がんの告知を受けて治療方針を決めるまでの期間、A子さんは当時どのような心境
だったのか伺いました。「がん宣告を受けた当時は、がんを受け入れることはできません
でした。病気のことを携帯で調べると閉経前後に多いがんということを知って、なんで私
なの?と何度も自分を責めました。がんを受け入れることができたのはまだ先でしたね」。

A子さんががんの告知を受けた後、私は友人として、一医療従事者としてA子さんと一緒に
子宮体がんについて勉強するようになりました。そんな彼女に次に待っていたのは手術療
法での子宮摘出でした…。

次回に続きます。

臨床工学技士
宮座 美帆

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