2月頃、突然の急性虫垂炎で入院と緊急手術をして、生還してから、抗がん剤の種類を変えて、身体への負担が少ない治療法にシフトチェンジした母は、それからすっかり好調になりました。
もともと、なるべく普段の日常生活は変えずに、無理ない範囲で習慣も崩さずに闘病するというスタンスでがんと闘ってきた母は、家事もこなし、自分の好きなこともほとんど辞めませんでした。

もっとも好きな海外旅行に関しては、物理的に難しいものがあったので、これだけは闘病中は勿論一度も行く事はできず、それは本人も納得の上でガマンしていました。

母はもともとジムに通っていて、そこで程よい筋力トレーニングと有酸素運動をすることで健康を保っていました。これに関しては、トレーナーさんに事情を話して、様子を見ながら継続していく意思を伝えて、少しプログラムを変えてもらったりしながら、ゆるゆると続けていました。

それから、これも長年続けてきた韓国語も、辞めずに継続しました。
海外旅行が好きというくらいなので、英語はかなり話す事ができる母なのですが、もともと言葉、外国語に興味があったようで、身近な言語でとっつきやすく、しかも行きやすい国である韓国の、韓国語を勉強しようと思い立ち、かれこれ10年近く勉強し続けています。
今やほぼペラペラな領域に達していますが、おばあちゃんになったら韓国語の通訳者になるという夢を叶えるべく、更なるステップアップを目指して昼夜努力してきました。
「語学はやめるとすぐ忘れる」という母の信念のもと、母は闘病中も休まずに韓国語の授業に通いました。数回、抗がん剤の副作用で体調が優れずに休んだことがありましたが、本当にその数回だけで、あとは入院中を除いては休まずに通い続けました。

本人曰く「やりたい事をやってるうちは張り合いが出るんだから、良いのよ。これで自分は乳がんなんだ、がん患者なんだ、と思ってガックシきちゃって何もやらないで家に篭っててごらんなさいよ。あっという間にやつれちゃうんだから」との事で、その言葉を裏付けるかのように、闘病中もいつもパワフルでした。

結局のところ、このような「気の持ちよう」で、病気への抵抗力というのは大きく変わってくるように思います。
母は、そういう意味でも強かったのだと思います。たくましい母の生き方は私も見習わねばと思いました。

がんの患者会
母と家族のガンとの闘病記

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