「がん」と診断されたら

このサイトをご覧になる方の中にはご自身あるいは親しい身内や友人が「がん」と診断された方も少なからずいらっしゃると思います。
「がん」という恐ろしい響きから、ほとんどの人(もちろん我々医療従事者も含め)は大きなショックを受けるものです。そして藁にもすがる思いでパソコンやスマートフォンで検索をかけ、調べることと思います。友人や親戚に相談することも多いでしょう。

その過程で高確率に出会うのは「標準治療の否定」や「代替医療のすすめ」です。

以前は例えばgoogleで検索すると、上位には免疫療法を謳うクリニックや健康食品などが上位に表示されていましたが、2017年に独自のアルゴリズムを導入し、より信頼性の高い情報が上位に表示されるようになりました。この背景には根拠や信頼性に乏しい治療や健康食品(と言われるもの)の宣伝に溢れていたため、調べる方が正しい情報にたどり着くのが難しかったことがあり、その批判を受けてgoogle社が導入したものでした。それまでは決して少なくない方ががん藁にもすがる思いで検索した結果、まずそのような情報に当たってしまっていたのです。

近年でも芸能人の方ががんでお亡くなりになるニュースが度々ありますが、ある方は標準治療を拒否されたり、最初は保険承認されていない治療を受けて、悪化された、といった報道がありました。報道が事実であれば、そのような方々も恐らくネットの検索で正しくない情報にあたってしまったり、知人から勧められたりしてそのような治療経過をたどったのであろうと思われます。無論、仮に標準治療を受けていれば必ず予後がもっとよかった、とまでは言えませんが、少なくともその可能性が高まったとは思われます。

そもそも「標準治療」という言葉の響きから、皆さんはどのような治療を思い浮かべますか?悪くもないけど最高でもない治療、松竹梅でいえば、竹くらい?というイメージが出てくる人も多いのではないでしょうか?
実は医療における標準とは、長年に渡る治験や臨床試験により様々なデータが積み重ねられ、現時点において最も効果の高さや副作用の少なさが確認されている治療なのです。無論、新規の抗がん剤や治療の組み合わせが出てくれば既存の標準治療と効果や副作用を複数の医療機関で行う臨床試験で比較し、既存の治療を新規の治療が上回れば新規の治療が新たな標準治療となります。

このように、標準治療は常にその疾患の治療におけるチャンピオンの治療と言えます。
また「抗がん剤は毒だから、治療を受けた方が早死する」、などという言説も昔から根強く言われていますが、化学療法自体が「治療を受けなかったグループ」と「治療を受けたグループ」で既に比較が行なわれ、「治療を受けたグループ」が有意に予後が改善した、ということが確認されています。中には不幸なことに薬剤が合わなかった、などの理由で副作用が強く出てしまい、結果的に亡くなる患者さんがいないわけではありませんが、それでも大多数の方にとっては治療を受けた方が病気の予後を改善することは証明されているのです。
以前は特に抗がん剤などの薬物療法において、日本と欧米(特に米国)では承認される時期には決して小さくない差がありました。しかし、近年では米国で承認された薬剤は、ほとんど同時に日本でも承認されるようになっています。つまり保険承認されている薬剤が世界のほぼ最先端の治療となっているのです。

しかしながら、健康食品業者や代替医療を行うクリニックなどは意図的に、この標準治療が現時点で最も優れていることがデータにより確認されている事実を隠して自社製品や治療の宣伝をします。そして加工された画像や悪質な場合は他の医療機関の画像を盗用して、さも効果があるように宣伝するのです。

人間の心理として、より高価なものにより高い価値や中身を見出すことは不思議なことではありません。これが例えばお寿司のコースであれば、並よりも特上の方が(恐らく)高級なネタを使い、握りの数も多く、よりお金を出した分高い価値があるというのはそれほど間違いではないのですが、こと医療においては高価な自費診療よりも保険収載された安価な(この言い方には語弊があり、実際は保険でカバーされている分患者さんが直接病院に払う金額が安価、という意味ですが)治療の方がより優れている、もしくは少なくとも効果が世界的に実証されているのです。

溺れる者は藁をも掴む、と言いますがやはり藁は藁であり、溺れる人が掴んでも助かることはありません。そして知人や身内から勧められるとはっきりとは断りにくい側面はあると思いますが、自身や家族の健康や財産のかかることですから、しっかりと標準治療を受けていただくのがベストだと思います

ガイドラインとエビデンスレベル

医療の世界で重視されるものに、「エビデンス」と呼ばれるものがあります。これはある治療を行うときの「根拠」となるものです。ほとんどの場合は論文に掲載されたものになります。
よく「〇〇学会で発表!」という宣伝文句をうたっている業者やクリニックがありますが、学会も玉石混交であり、また学会発表の多くは専門家のチェックが入らずに、そのまま発表出来ることも多いのです。つまり学会で発表された=専門家のお墨付きという一般的なイメージを逆手に取ったミスリードをしているのです。ですから、学会発表されたというだけではそれを信頼する根拠にはなりません。根拠となり得るのは複数の専門家によるチェック(査読といいます)を経て論文として出版されたものです。

また専門家同士がかばい合う、ということもよく言われる言説です。しかし、これは大きな誤解です。学会発表の場を見れば一目瞭然ですが、専門家というのは強烈なプライドの持ち主が多く、誤解を恐れずに言えば、自分が常に一番上に立ちたいと思っている人間の集まりです。従って他の専門家の発表に少しでも突っ込むスキがあれば、それを誰もが見逃す、ということはあり得ず、疑問点には強烈な質問が飛んできます。切磋琢磨という側面もありますし、スキあらば他よりも優位に立つため、という側面もあるかと思います。いずれにせよ、データに疑わしい部分があってもお互いかばい合う、といった性質のものではありません。

更に論文ともなれば、チェックする側の責任も問われます。論文を通した後で、実はデータが捏造だった事が発覚した場合、チェックした側にも責任が問われ、恥をかかされるものです。それでチェックする側(査読者といいます)も目を皿のようにしてデータに矛盾点がないかを細かく確認するのです。

しかしながら、STAP細胞の例のように最初のデータから作られたものの場合は査読者が最初から見抜くことは困難であることも事実であり、STAP細胞の場合も論文に掲載された後に、世界中の科学者が同じ実験を行おうとしても(追試験といいます)、誰も成功しなかったことから疑いが生じました。

話がやや脱線しましたが、世間一般が考えているよりも科学の世界は、よく言えば切磋琢磨する世界であり、悪く言えば足の引っ張りあいをする世界と言えます。従って、標準治療へと行き着いた治療はそのような厳しい専門家の目をくぐりぬけた挙げ句に、標準治療の座を勝ち取ったと考えてよいと言えるのです。

またこの論文によるエビデンスにも実はレベルがあります。
最も根拠として薄弱なのは単数または少数例の発表です。これは様々な偏りや先入観が排除されておらず、また統計学による検討もされていないため、あくまで個人あるいは少数の経験例でしかありません。〇〇でがんに効果が認められ、論文に発表された!という宣伝文句は、よくてこのレベルです。対象となる患者さんに効果を認めた、ということに関しては事実である可能性は否定しきれませんが、その治療を行ったグループと行ってないグループで統計的に明らかな差異が認められなければ、言い換えれば偶然たまたまという要因を排除出来なければ、その病気を持つ多くの患者さん達に勧められるものとはなり得ないのです。

エビデンスレベルが最も高いとされているものは、複数の臨床試験に関する論文を比較検討したメタアナリシスと呼ばれるものです。これは複数の論文の結果を比較検討して解析した論文です。今現在標準治療となっている治療の多くはこのメタアナリシスを経たものです。すなわち、複数の大規模臨床試験による結果が、その治療が最も効果があるか、同等の効果でより副作用が軽減されていることが実証されているものなのです。

抗がん剤に限らず、通常新規の薬剤が開発される過程では、まず理論上の仮説が立てられ、それに合わせた細胞の実験や動物実験が行われ、これでいい効果を認めたものが人間への投与の段階へと進みます。逆に確認された現象から、理論が導かれ、そこから実験に進むこともありますが、いずれにせよ基礎科学と実際の臨床の間の橋渡しがあるのです。(これをtranslational researchといいます)更に投薬による副作用が出ない最大量の決定、効果の有無、そして既存の治療との比較が行われ、そこまで結果を出した薬剤のみが市場販売を許可されます。最初に開発が開始されてから、実際に商品へとなるものはおおよそ5%程度、と言われています。

このように正式に承認されている薬剤は、既に様々な段階における試験を経て生き残ったものであり、個人の思いつきによる(例えば牛乳にイソジンを混ぜる、など)もので第三者による検討もされておらず、何の根拠もない治療とは、実際に患者さんに投与されるまでの過程に雲泥の差があることがお分かりいただけるかと思います。

さて、では実際にがんと診断された場合に患者さんがとるべきベストな行動とは何でしょうか?
まずは、可能であればがん専門の医師がいる医療機関にかかることです。例えばその地域のがんセンターや大学病院には恐らく腫瘍内科があると思われます。それ以外でも公立病院や大きい私立病院の中にはがん治療で有名な病院がいくつもあります。恐らくインターネットで検索すれば、そういった情報も手に入れることが出来るでしょう。

そして専門家の説明をよく聞くことが大切です。分からないことがあれば、尋ね、医師が忙しくてなかなか長時間の説明が出来ないようであれば(残念ながら、多くの受け持ち患者をもつ医師であればもしかすると、そうなるかもしれません)看護師や薬剤師に質問してもいいでしょう。医師にしか答えられないことがあれば、そちらから聞いてもらうことも出来ます。

また、医師と患者さんの関係は言わば共にがんと戦うパートナーであります。患者さんの治療のモチベーションが上がらなければ、仮に担当医師がいくら優秀でも病気と戦うことは出来ません。そういう意味では信頼関係が非常に大切となります。信頼関係が結べない、と感じたら看護師などに相談することをおすすめします。医師と患者さんサイドのどちらが悪くなくとも、人間同士ですからどうしても相性というものもあるでしょう。
冷静な話し方をする医師を、冷たいと感じる人もいれば、頼れると感じる人もいるでしょう。逆にもっと熱い感情的な話し方をする医師を好ましく思う人もいれば逆もあるでしょう。これはどちらが悪いわけでもなく、好みの問題であり、それだけになかなか是正するのが厄介とも言えます。
大切なことは、お互いに信頼関係を結べるかどうかです。病気と戦うのですから、信頼出来ない、と感じたら可能であれば主治医を変えてもらう、または病院を変えることも選択肢となるでしょう。
無論、地域によってはそれが難しいこともあるかと思います。その場合でもしっかりとコミュニケーションを取ることが治療に際しては非常に大切です。

実際のがん治療

がんの治療にはどのようなものがあるでしょうか?現在主に行なわれる治療は手術、放射線、薬物療法です。

白血病などの血液のがんや一部のがんを除き、この中でがん細胞を体から完全に取り除く(根治といいます)ことが出来る治療は今の所手術だけです。手術が出来る状態つまり比較的早いステージであれば、手術により取り除くことが可能です。しかし、他の臓器に転移や一度取り除いた癌が再発している場合は、がん細胞がすでに血液やリンパに乗って体を巡ってしまっている状況なので、仮にCTやMRIなどで見える部分を手術したとしても、がん細胞を完全に体から追い出すことは出来ません。

また放射線治療も、見えて放射線を当てる部分に関してはがん細胞を死滅させることが可能ですが、上に述べたように血液やリンパの中で移動しているがん細胞には手を出すことが出来ません。重粒子線治療も基本的な治療原理は今までの放射線治療と同様ですので、治療出来る範囲は同じとなります。

転移や再発を起こしたステージ、つまりステージIVに対しては薬物療法が適応となります。薬は血液から全身に巡らせることが出来るため、血液中のがん細胞も叩くことが出来るのです。放射線治療の方が、薬物療法よりも体が楽、ということがよく言われますが、放射線治療はあくまである部分(局所といいます)に対する治療であり、薬物療法は全身の治療であるために副作用に違いが生じるのです。

以前と比べて、化学療法や放射線療法が非常に発達したこともあり、例えば化学療法を先行させて腫瘍を小さくしてから手術を行ったり、手術中に放射線を腫瘍に照射したり、化学療法と化学療法の間に手術を行ったりと、治療をフレキシブルに組み合わせる総合的な治療が行なわれるようになってきました。

そして大事なことはこれらの組み合わせを行うときにも、臨床試験により効果の検証がなされているかどうか、ということです。

例えば手術+放射線治療を行ったグループと手術のみのグループを比べて組み合わせたほうが再発を防げた、予後が改善したなどの効果があれば組み合わせが推奨されますし、実際は変わらなかった、という結果が出れば放射線治療の組み合わせは対象のがんを治療するのに意味がないために推奨されない、ということになります。

それぞれの大まかな区分ですが、主に手術は手術により取り除くことが出来るような早期のステージ、具体的にはステージI、IIに対して行なわれることが多いです。放射線治療は放射線がよく効くタイプのがん(感受性が高い、といいます)に対して手術と同様に根治を目標に行なわれる場合もありますし、根治は出来なくとも腫瘍を小さくさせたり、痛みなどの症状を和らげる目的でも行なわれることがあります。

化学療法は主にステージIII以上のがんに対して行なわれることが多いですが、抗がん剤に感受性が高いがんの場合や白血病や悪性リンパ腫などのように手術が出来ないタイプのがんに対してはその限りではありません。
全身の細胞を殺すタイプである、いわゆる「抗がん剤」が長らくメインストリームで使用されてきており、現在でも主流ではありますが、近年になってそれぞれのがん特有の性質に注目した分子標的薬や免疫に注目した免疫チェックポイント阻害薬やCAR-T療法(これはいわゆる免疫クリニックで行なわれている免疫療法とは、一線を画するものでありしっかりとしたエビデンスに基づいているものです)など、化学療法は新たなステージに突入しており、いずれは昔ながらの抗がん剤は使われなくなっていくと思われます。

また上記で述べたように、以前では手術が出来なかったようなステージのがんでも、化学療法で縮小させて低いステージにすることにより(ダウンステージングといいます)、手術出来るような症例も増えてきています。

次回は具体的ながんの種類に対する治療の実際を紹介していきたいと思います。

医師・医学博士 内科認定医/消化器病専門医/がん治療認定医
滝西 安隆

2001年医師免許取得
2005年医学博士号
内科認定医、消化器病専門医、がん治療認定医
2014年〜現在米国にてポスドクとして勤務(腫瘍)
TOEIC最高得点 915

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